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ズシンと胸の奥に重い鉛が落とされた気分だ。言葉を選ぶ難しい内容だった。
私にはこれをどう理解するべきか。分からない…。永遠に答えは見つからないかもしれない。
この映画は私にとって個人的に意味深い作品の一つになった。
歴史、民族、宗教、戦争、テロ問題に関しては二国間が争う形での作品は必ず方手落ちになる映画が多い。
ユダヤの血を引く監督が自分のために作ったと言った。とても勇気のある作品だ。
実際、情報はあらゆる所からあふれ蔓延していていまや混沌としたカオス状態。
知識もなく、事件の真偽も分からないので、映画そのものを観ただけの感想と言う事で。
70年代のヨーロッパ。フィルムノアール的な雰囲気が昔の映画を髣髴とさせる。
郊外での”パパ”との食事のシーンは血の結束を思わせる
ゴッドファーザー。
だが何故か観終わって初めに浮かんだ映画の印象は殺伐とした「
狼たちの午後」だ。
主核となる6人は勿論、それ以上に脇を固める国際色豊かな俳優陣の層の厚さに圧倒される。
メイア首相を演じた女優を筆頭に、ほんの数分、数秒に濃い演技を魅せる役者のオンパレード。
内容に相応しい顔ぶれだった。
モサドの若いリーダー、アヴナーを演じた主演の
エリック・バナ。
あのメンツの中で、渾身の演技に観ているこちらも思わず手に力が入る。
「父親を知っている」その言葉が最初の彼への足枷だ。逃げ場はない。
国への忠義も持ち、親の代から国に仕える身ではあっても人を殺めた事はない。
その「平凡な人間」が政治の世界で幽霊になるよう追い込まれる。
不安に打ち震える心を身に隠し、平静を装い、仲間とぶつかり合いながらも淡々と「仕事」をこなしてゆく。
初めての暗殺には手が震え、銃を取り出すにも動揺で遅れが出る。
人を撃つ行為に恐れ躊躇する。当たり前の人間らしい感情の表れだ。
それが最後には「殺す」事に感覚が麻痺していく。
静寂の中で突然轟く轟音。闇夜に響き渡る銃撃音。耳をつんざくような悲鳴。
答えの出ない葛藤、恐怖と疑心に苛まれ、いつか仲間に聞いたどこかの「工作員」のようにやがてはクローゼットで浅い眠りにつく。
「俺は正しいのか?…本当に―――?」
自分たちのやっている事に疑問を持ち始め、ついには同胞である仲間同志衝突する。
「お前は任務が辛くないのか?」
「大事なのはユダヤの血だ。」
アヴナーがパレスチナ系ゲリラの若きリーダー、アリに問う。
「本当に”オリーブの木”が恋しいか?
何も無いあの不毛の土地へ本当に帰りたいと思うのか?」
「国のない悲しみが分かるものか。」
胸に突き刺さる言葉だ。体が熱くなった。彼等には「失うもの」はないのだ。
「祖国こそ全て」 この映画の重要なキーだ。
「100年かかっても待ち続ける。」
キングダムオブヘヴンでの台詞を思い出した。鍛冶屋が
サラフディーンに問う。
「あそこ(あの土地)に何がある?」
「無だ。だが全てだ。」
長く暗い河に身を流され続ける主人公が一瞬立ち止まる時がある。
遠く離れたまだ小さい子供の声を電話口で聞いた時、思わず泣き歪む顔が心に痛く胸に残る。
張り詰めた糸が切れる瞬間だ。
パレスチナゲリラグループのまだ年若い少年を撃ち殺してしまった時のアヴナーとスティーヴの全身から溢れる動揺と罪の意識。胸をえぐられる残酷なシーンの連続。
アヴナーがショウウィンドウ越しにキッチンを眺め「自分」の「故郷」に想いを馳せる。
ガラスに映る殺された仲間の幻影に思わず泣きそうな笑み。
その同胞の顔が「情報屋」の顔に変わった瞬間、アヴナーに「暗殺者」の顔が現れる。
瞬時に切り替わるその表情が印象的だ。
長い時会えなかった妻との逢瀬。
ラストのセックス描写では彼は完全にトリップし、頭は人質を銃撃する現場にリンクしている。
いつも悪夢にうなされる場面だ。
奥底から突き上げる慟哭。彼は今「此処」にはいない。
アヴナーの目を覆い、その手の温もりで暗闇から現在に引き戻したのは妻だ。
アヴナーには愛する家族が支えになっている。
それは劇中出てくるテロリストたち全員、皆同じだ。
本を読み、仕事を持ち、友と語り、隣人と笑い、家族を愛し、子供を抱きしめる。
そう、皆、同じ人間なのだ。
歴史と政治に翻弄され、血を血で洗う報復の連鎖。
その惨劇の後に残ったものは流された大量の血と死体の山だ。
組織とは?国家への忠誠心とは?民族、道徳、アイデンティティ…
そして自分のやった事は――?
壊れたレコードのように回り続ける。
誰が好き好んで終わりのない争いに賛同するものか。人を殺したくはない。
だが、誰が止める?いつ?どうやって??
答えは出ない。
ブラッド・ピット主演の映画、デビルの原題を思い出す。"
The Devil's Own."
「絶望的、解決不可能、非常に難しい事態」
この状況はまさにそうだろう。
そしてその暗い影に常に見え隠れする国。絶対的利益を優先する資本主義かつ最大の悪魔。
未来は闇の中だ。
暗く重々しい劇中流れる曲は70年代のヒットソング。懐かしい大好きな曲ばかり。
怪しい女のマルクス論を聞きながら情報を買うシーンに
エイント・ノー・サンシャイン。
「祝い」にダンスするスティーヴたちのバックで流れたのはマイガール。
「敵」と同じ「安全な場所」でブッキングした時は
レッツ・ステイ・トゥギャザー。
女装をし、相手を油断させて奇襲をかける時は
ブラック・マジック・ウーマン。
スピルバーグはこうゆうところが面白い。
曲のセレクト、ブラック・ユーモアのセンスは最高だ。
耳で安堵させ笑いを取り、視覚で地獄に突き落とす。
宇宙戦争でも皆が逃げ惑う中、流れた曲は
トニーベネット。音楽で皮肉っている。
観終わってから何故だか無性に
E.クラプトンが聴きたくなった。
と言うかラブバラードが。
今もまだ映画の余韻が残っている。