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田舎でもやっと上映されたので昨日観てきました。
この映画を観て、終始思ったのは「なんてこった。」である。もうその言葉しか出ない。
「なんてこった。世界は狂っているのだ。」
政府軍と反政府組織の激しい内戦下にあった80年代の
エルサルバドル。
一般市民の暮らす街は頻繁に銃弾飛び交う戦場と化すのが日常的になっている。
家の中も外にいるのと大差はない。
薄い壁もトタン屋根も簡単に突き抜ける銃弾の嵐。
一家団欒で食事を取る風景も楽しい笑い声も一瞬で銃撃音にかき消される。
家族全員で庇いあうように身を隠す。
ここでは12歳になった少年は政府軍に否応なく徴兵される。
少年兵は米兵によって訓練されゲリラを殺すために育成される。
いかに子供が洗脳されやすいか、どのように人殺しにされていくかもよく分かる。
学校に兵が押し寄せ、子供をさらうように連れて行く様は異様な光景だ。
逆らう教師は簡単に射殺され、神父は何んの力もない。
「もはや祈るだけでは足りないのです」
そんな恐怖の戦場下にありながらも力強く生きる子供たちのたくましさよ。
母親が気丈に生きようと頑張れるのはこの子供たちの笑顔があるからだろう。
お互いを守り、守ろうと恐怖に立ち向かうその愛が痛いほど伝わる。
子供達みんなで作った紙ホタルを美しい夜空に飛ばすシーンが印象的だ。
隣で笑っていた子が次の瞬間には殺される。いつ死ぬかもしれない現実。
だからこそほんのささやかな安らぎやなんて事ない楽しさが幸せに感じられる。
手をつなぎ、歌い、踊り、笑いあう。
その精一杯生を生きる様が美しく、また同時に切なく悲しく胸に痛い。
子供達の後頭部に銃をつきつけ、まるで流れ作業のように躊躇なく射ち殺す。
「何故殺されるの?ぼくたちは何もしていないのに。
ぼくたちはただここに生まれて普通に生きているだけなのに。」
煙草をふかして政府軍を睨みつける神父と、連行され、今から射殺されるであろうゲリラ軍の知人が影で悲しい瞳で見送る少年にウィンクする場面が妙にリアルで記憶に残る。
子供達の目から見た戦争とは何か。
何んの意味もない。戦争の理由など知るわけがない。
ただただ目の前で理不尽で非情な殺人が繰り返されているだけだ。
子供たちが星を掴もうとするかのように星空に手を伸ばす。
儚い夢を見るようでなんともいえない気持ちになった。
世界中で戦争、内戦は頻発している。少年兵の数は30万人に上ると言う。
「世界のシステム」は無情どころではなく、全く機能していないのが現状だ。
世界は狂っている。
名作、
僕の村は戦場だったを思い出す。
人間はもうどれだけ同じ事を繰り返しているのか。
「この物語はフィト、あるいはクリスティナ・マリアの話だったかもしれない。」
これはここだけの物語ではない。
世界中で起こった、そして今現在も起こっている悲劇の物語だ。
「僕は先生になりたい。先生になって自分の体験を子どもたちに伝えるんだ。
そうすることで子どもたちは戦争をしようと思わなくなるよ。きっと。」
(テラ・ルネッサンス)